バングラデシュ サイクロン・シドル被害からの復旧状況調査報告
2007年11月15日にバングラデシュ南部デルタ地帯を襲った巨大サイクロン・シドルは、南部沿岸地域一帯に深刻な被害をもたらしました。被災直後、バングラデシュ政府、国際援助機関、NGOなどによる緊急支援活動、その後の復旧支援活動が、同地域で展開されました。特に被害の大きかったと言われる、ボルグナ、ポトゥアカリ、ピロジュプール、バケルハット4県での合計死者数はおよそ3,000名にも上り、家屋崩壊、道路破壊、家畜や稲などの生計手段の喪失、下痢、皮膚病などの感染症の蔓延等、多大な被害が報告されました。
グッドネーバーズも、被災直後の2007年11月18日から被害調査活動を開始し、同年11月27日、地域軍の保護、管理のもと、ボルグナ県アムトゥリ郡の600世帯を対象にした緊急支援物資の配布活動を実施しました。
サイクロン・シドルからおよそ1年3か月が経過しており、広い地域でサイクロン以前の状態に復旧しているとの情報もあります。しかしながら、毎年のようにサイクロン、洪水の被害に悩まされるバングラデシュ南部地域において、いまだシドルからの復興の遅れている地域、もしくは近い将来起こりうる災害に備えて更なる支援が緊急に必要な地域がないか、そして被災者である住民からの復興支援ニーズがあるのかどうかを明らかにするため、2009年2月上旬に調査を実施しました。
[ボルグナ県ボルグナサダル郡ソンブニア村]
この村のひとつの集落には、122世帯の家族が暮らしています。村へのアクセスが大変困難な地域で、今回の視察ではなんとか車で入ることができましたが、雨季や洪水時にはその道が寸断されてしまいます。
シドル襲撃時、この集落だけで、85人もの村人が亡くなりました。家屋はすべて全壊しました。
この地域での一番の問題はサイクロンシェルターの不足です。7kmほど離れた所にサイクロンシェルターは存在するのですが、道路状態を考えると、災害時すぐに避難するのは不可能といえます。
この村を調査中、一人の高校生の少年が近づいて来て笑顔で言いました。
「サイクロンシェルターを作ってください。」
少年の家族は、サイクロン直後の高潮に流され、命を落としました。少年は、激流に流される家族の手を取って一緒に逃げようとしましたが、結んでいた手が目の前でほどけ、家族は激流に飲み込まれてしましました。家族を失った少年は、最後まで笑顔で、われわれにサイクロンシェルター建設を訴えていました。
[ボルグナ県アムトゥリ郡タウトゥリ村、サトンパラ村]
グッドネーバーズがサイクロン直後に緊急物資支援配布を実施したこの村では、その後も多くの支援団体により、水や食糧の配布、感染症予防のための簡易キットの配布、巡回医療、漁師への魚網、ボート支給などが行われました。
村には、土台のしっかりしたサイクロンシェルターがそびえ立ち、サイクロン襲撃時には多くの住民が避難してきました。
他の被害地域同様、タウトゥリ村、サトンパラ村では、サイクロン直後の汚染された水の使用による、下痢、皮膚病、腸チフスなどの病気が蔓延し、その対応の遅れが目立ちました。
この村には現在2階建ての立派な病院があるのですが、ドクターがいません。アシスタントドクターと呼ばれる若い青年が村の人々の診察をしています。ただ、軽い下痢に対する薬の処方や傷の消毒をするのみで、重い病気にかかったときなどは、住民は約35km離れた郡病院までいかなくてはなりません。その途中、一度川を横断するためにフェリーを利用する必要があり、さらに雨季になると道路状態が悪化し、緊急の場合には間に合いません。
緊急時、住民の生命を救うためにも、医療設備とサービスの向上が早急に求められています。
生計手段を求めて
サイクロンにより、農家の人々は田畑、蓄えていた穀物、家畜を失い、漁師は魚網やボートなどの生計手段を失いました。バングラデシュの中でも特に貧困層が多いと言われている沿岸地域の住民の生活は、生計手段の損失という壊滅的なダメージにより、困窮の度を深めました。
国際NGOを中心とした活動により、多くの人々が生活再建のための支援を受けました。しかし、サトンパラ村に住むピューさんは、いまだにサイクロン後の困窮した生活から脱却することができないと訴えます。
ピューさんはミャンマーからの難民です。彼女が4歳のとき、家族でミャンマーからバングラデシュに移り住みました。
「私たちは、ここでは少数民族であり、宗教も異なります。私は仏教徒です。」(バングラデシュでは83%の国民がイスラム教徒、16%がヒンドゥー教徒)
「首都のダッカでは、女性にも仕事を見つけるチャンスがありますが、このような田舎の村では、 それはほとんど不可能です。もともと、女性は家の中で仕事をするものという考え方が根強く、教育を受ける機会も男性に比べて限られています。特にわれわれの様な異民族の女性には、何の生計手段もありません。」
「サイクロン直後、生活の手段を失った村人は自分たちの手で生計を立て直すことができませんでした。特に女性たちにはどうすることもできませんでした。もし村の女性たちに、織物や手工芸品を作るための技術があれば、今より少しでも楽な生活が送れると思います。」
ピューさんは、地元NGOのスタッフとしてサトンパラ村で働いています。彼女は、非常に堪能な英語で村の現状を私たちに訴えました。彼女自身は大学教育を受ける機会を得ましたが、この村の女性たちは高校教育や職業訓練などを受ける機会がありません。今後、コミュニティー全体の復興、発展のためにも、女性や少数民族の人々の権利に焦点を当てた支援活動が要求されています。
[ボルグナ県ボルグナサダル郡ボロ・バリアトゥリ村]
この村も他の地域同様、サイクロンの暴風雨による家屋の全半壊、生計手段の喪失、汚染された水の使用による下痢性疾患、皮膚病などの感染症が報告されました。地元NGOを中心とした支援活動により、家屋の新改築、新トイレ建設、医療キットの配布や巡回医療などの感染症対策、農家に対して失われた家畜や穀物などの支給、漁師に対するボートや網の支給などが実施されました。
しかし、この村ではいくつかの大きな問題を抱えています。その内の一つは衛生的な飲料水の確保です。
この地域の人々は以前から池の水を飲み水として利用してきました。サイクロンの後、池の水は家畜や鳥の死骸、泥土や腐った木々により汚染されましたが、住民はその水を利用しなければなりませんでした。なぜなら、サイクロン前から井戸は存在していたのですが、この地域の井戸水には塩分や鉄分を多く含んでおり飲料水には利用できないからです。
上の写真は、サイクロン後に新たに設置された井戸です。汚染された池の水に変わる代替として期待されました。この井戸の深さは約800フィート(244メートル)あり、塩害のない衛生的な水を供給するものと考えられました。
しかし、現在この井戸から供給される水は上の写真のように黄色く濁り、塩分を含んでいるため、住民は飲み水としても料理用の水としても利用していません。結局、住民は濁った池の水を直接飲料水として利用するほかありません。このままでは、新たな洪水や災害が起きた時、汚染された水の使用が原因の感染症の蔓延を防ぐことは難しいといえます。
サイクロン・シドルから1 年3か月が経った現在、復旧活動は着実に進んでいます。 しかしながら、今回訪れた村での聞き取り調査によれば、今後早急に復旧支援を必要としている人々がいることがわかりました。特に、水供給設備、公衆衛生、保健医療・感染症対策、サイクロンシェルター建設、教育分野におけるソフト面での支援、生計手段の確保・生活再建などの各分野における支援活動を継続して行う必要があります。
グッドネーバーズでは、これまでにもバングラデシュのなかで貧困に苦しむ地域の住民や子どもたちのために教育、健康・医療・公衆衛生、職業訓練、コミュニティー開発のためのプロジェクトを支援してまいりました。今後も、グッドネーバーズが行っているバングラデシュのプロジェクトをご支援して下さる方を募集しています。皆さまから寄せられる一つひとつの支援が、プロジェクト地域の子どもの成長を助け、地域社会の発展を支援する大きな力となります。