世界中の子ども達に笑顔を。途上国の子どもの教育支援・緊急支援を行う国際NGOグッドネーバーズ・ジャパン

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2006.06.10 人道支援

ジャワ島地震緊急支援現地レポート

2006年6月3日(土)・4日(日)

6月3日朝、関空を発ちソウル及びジャカルタを経て、翌4日の午前11時にジョクジャカルタに到着。快晴。蒸し暑い。体感温度は約30度。第一次先遣隊として30日から現地入りしているグッドネーバーズインターナショナル(以下、GNI)のジュン・ウンミ団長より出迎えを受ける。在インドネシア15年でGNIのムラボ(インドネシア、スマトラ島)での支援活動にご協力いただいている韓国人女性ボランティアも同乗して、一路、拠点のホテルへ。簡単なランチを取りながら、ジョン団長が状況をブリーフィング。

それによると、第1次先遣隊は、拠点を立ち上げると同時に、暫定的に医療活動をしながら、各地の支援情報を集約する作業を行った。その結果、今回の地震の断層ライン上にあり、最も被害のひどいと思われる、バントゥル(Bantul)県バンバンリプロ(Bambanglipuro)市(ジョクジャカルタ中心部から南へ車で1時間半ほど)シドムリョ村(Sidomulyo)を医療拠点として選択したという。第1次隊と入れ替わりに3日早朝到着した第2次隊が、本格的な医療サービスを開始した。4日は村の周辺で2ヶ所に分かれて診療をしているとのこと。また、同時に現地調査チームが、建物の倒壊度、世帯数、世帯構成(特に子どもの人数)、不足物資の内容等について、シドムリョ村(Sidomulyo)でフィールド調査に出ているとも語ってくれた。

第2次隊は、団長、医師2名、看護師4名、調整員3名、広報1名、ムラボから応援に来たインドネシア人スタッフ1名、英語が堪能な中国系インドネシア人の女子大生、そして私たち日本スタッフ2名。また、支援活動のために地元のドライバー2人と車を2台手配して移動手段としている。

ランチ後、私達は車で、市街地を抜けてシドムリョ村に向かい、うち一つの医療チーム(医師1名、看護師2名、調整員1名)に合流した。ここでは、午前中に5名の患者が訪れたが、いずれも深刻なものではなかったそうだ。

一息ついたところで、私たち合流チームは、近くのパックル村(Paker)を歩くことにした。のどかな田園地帯が広がる中に集落ができていて、約600世帯、1900名の家屋がほとんど崩れてブロックの山と化している。崩れ残った家屋の家族も、余震の被害を恐れて、戸外で竹の柱にビニールシートをかぶせただけのシェルターでしのいでいる。地元住民に聞いた。「ここには、イラン、カタール、韓国からの支援物資はもらったが、他国はまだである」「特に雨露をしのげるテントや椅子がほしい。今、数世帯が小さなシートで寄り合い生活を余儀なくされている」とのことだった。

子どもたちは表面的には無邪気だ。聞き取り調査中にも、下からつぶらな瞳で笑顔で見上げてくる。少し話しかけると、はにかんだ笑顔を返してはしゃぎだす。片言のインドネシア語でも話そうものなら、大騒ぎ。元気そうなのは何よりだ。が、よく見ると、もう歩けるはずの年頃の子どもがお母さんにせがんで抱かれていたり、一人になると不安気に仲間を必死で探している光景を見るにつけ、一番弱い立場の子どもたちへの影響こそ、一番見えにくいが、最も深刻なのではないかと感じた。

夜、夕食後、ミーティング。活動報告と明日の予定の確認。以下、その報告。

日本の報道では、医療支援の必要性を訴えていたが、先のスマトラ沖地震や火山噴火の支援で多くの外国のNGOが地震当時に現地に滞在しており、 また政府も緊急時の医療支援体制を整備しつつあったところでもあり、医療支援については、かなり僻地にまでサービスが行き届いているようだ。

シンガポールとインドネシア政府は共同で、絵を描かせるなどして、子ども向けのトラウマ治療サービスをしている。

米軍は、手術設備を整えた移動診療室を開設。この施設ではインドネシア人やオーストラリア人の医師も加わって、重症患者の治療にあたっている。

米軍支援キャンプのすぐそばで、英軍がテントを供給している。

全体の状況としては、緊急医療支援のステージは終了しつつあるが、GNIとしては、一人でも患者がいる限り、予定通り、引き続き医療サービスを行う。

インドネシア政府は、今回の地震を国全体の非常事態ではなく、地方災害(local disaster)と認識しているということである。 実際、スマトラ沖地震の支援に立ち会ったGNIのスタッフも、「全てが流され一切物資がなくなった津波被害に比べ、ジョクジャカルタ市内は平常通り機能し、最低限のインフラもすぐに整いつつあるジャワ島地震の方がずっと被害は軽い」と言っていた。

翌日(5日)は、今日は2つに分かれて活動した医療チームが、同じシドムリョ村内でまとまって診療をするとのことである。

同時に、明日は、調査結果を元に、最も被害がひどく、特に5歳以下の子どものための支援物資が滞っていることが判明した、クウォン(Kuwon)村にてキッズキットを配布する。

6月5日(月)

私たちは、キッズキット配布支援チームに同行して、シドムリョ村役場に行く。部屋を借りて支援物資のパッキング。内容は、シーツ、粉ミルク、ベビーオイル、ウエハース、ベビーパウダーが各1個入ったキット120セット。作業を終え、配布場所のクウォン村へ。配布場所では、すでに多くの母子が到着を待っていた。事前にとったアンケートの名前を順番に読み上げて、GNIスタッフより渡していく。取り合いといった混乱などいっさいなく、整然としている。孫事務局長が一人一人に手渡すのを離れて見守っていた私(大森)にも、地元住民が近づいてきて、握手を求める。「トゥリ マカシ(ありがとう)」。抱いている子どもに握手をさせてくる人も。それを見てほっとする。

その後、医療チームを訪問して、情報を交換しあった後、国連事務所へ。公式データではないが、どんどん情報が収集され、マッピングされたグラフに編集されていっており、GNIスタッフも頼りにしているようである。今回もバントゥル県のデータを中心にプリントアウトしてもらった。

夕食後、ミーティング報告。以下、その報告。

医療チームより。昨日までと違い、1つのチームでまとまって診療したため、非常に効果的な治療サービスができ、80人の患者を治療した。

今日、10秒ほどの余震が発生。被害者は余震が続くことで、火山が大噴火しないかと不安に思っている(被害者の中には噴火被害を避けて非難した先で今度は地震に遭い、疲労が蓄積している人もいる。)

支援組織の中には、患者数が少ないことで活動撤退を決めるところもあるが、 GNIは、予定通り活動を継続する。診療所に大人だけでなく、子ども達が集まってきて、そこが、みんなにとって安心できる場になりつつある。 とくに、子どもたちにはキャンディをあげたり、一緒に遊んだりして、癒しの場になるのもいいだろう。 その中で、GNIの今後の支援プラン作成に何がしかのアイデアが生まれるのを期待したい。

支援物資配布チームより、報告(詳細は本文のとおり)。

明日は、バンバンリプロと同じ、断層ライン上にあって被害も大きいプレレ(Pleret)地区に移動して、そこで本日と同じように統一医療チーム編成にて活動する。

また、同時に新たな現場調査を行う予定。

6月6日(火)

朝8:30出発。ジョクジャカルタ市内から南東の方向へ車で1時間のバントゥル(Bantul)県プレレ(Pleret)市プレレ(Pleret)地区に到着。ここで、前日に予約したスペースで医療サービスを始める。同じテントのすぐ隣には、ジャカルタの医師団体と仏教僧とのジョイント団体の医療チームがいる。私たちのテントの隣には、ビニールシートの屋根の下で、10人前後の女性が、食料の炊き出し中。ここでは、スペースが限られているため、私たちは現地調査チームに合流して、昨日支援物資を配布した村以外の地区を見てみることにした。

まずは、そこから車で10分のプレレ地区役場で、チーフオフィサーと会見する。満面の笑顔で対応してくれるも、地区の状況について詳細に聞いたところ、答えられる正確なデータはないと言い、逆に「いくつの村を支援してくれるのか」という回答が返ってきた。地図の提供についても、今そういうものはないからと、その場で手書きの簡単な図を作成。それでも、何とか、1つの表としてまとまったプレレ地区についてのデータをコピーさせてもらえることになり、一度退出する。みんなで彼の印象を語り合う。インドネシア人通訳によると、「彼は何か隠しているようだ」。緊急支援で役人との折衝経験に富む韓国人スタッフは「支援物資をできるだけ集めて、配下の集落への配分は自分自身で決めたいので、各村のデータを出し渋ったのではないか。いずれにしても、そういう役人は珍しいことではない」。

表をデジカメ撮影してデータを返した後、私たちは、一昨日まで医療拠点にしていたバントゥル(Bantul)県バンバンリプロ(Bambanglipuro)市シドムリョ(Sidomulyo)地区の役場へ。ここで、昨日支援物資を配布したクォン(Kuwon)村以外の村の被害状況を聞く。すると、どうやら、食料はどの村もこの先1ヶ月程は心配ないとの事。しかし、食料以外についても知りたい。そこで、役場の人に被害の大きかった周辺の上位3村を教えてもらい、ランチの後、案内してもらうことにした。自分たちの目で確認し聞き取りした上で、さっきのプレレ市プレレ地区とシドムリョ地区の各村、そして前日配給を行ったクォン村について、被害程度、及び役人側のNGOへの協力姿勢を踏まえ、支給先を決めることにする。

さあ、ランチ。と簡単に言っても、この村周辺では、めったに飲食店にお目にかかれない。しかもこの地震だ。役場の人に、開いている食堂とその地図を書いてもらって、道を確かめながら探すこと約30分(実際は1時間ほどに感じた!)、やっと辿りつき、ヤギ肉の串焼き(味は焼き鳥に似ている)とスパイスたっぷりのスープ、ソテーと、ヤギ肉づくし。とにかく、食べ物をお腹に詰め込んで、シドムリョ地区の役場に戻る。

役場の人と合流し、被害の大きかった上位3村に向かう。まずは、ウォノドロ(Wonodoro)村。この村では2ヵ所の連絡所を訪れた。ここは村長が地震で死亡したため、残った人々で情報を集めていた。倒壊現場で作業するためのブーツやテント、トイレが足りないとのこと。そして強調されたのは、子どもたちのメンタルリハビリテーションということだ。私たちが一見したところ、役場の人が言った通り食料はかなり充分に行き渡っているようで、支給された支援物資も余っているのか、数十袋そのまま置かれている。

次に、チャベン(Caben)村に到着。ここはひどい。他の村と違って、家屋が密集しているというよりも、ジャングルの中にところどころ家が建ち、家々の距離は徒歩数分といった感じ。道路から見ると、ジャングルの中にがれきの山が散見される。しかし、ここの情報伝達系統はわりとしっかりしているのか、連絡所に着くと、被害状況の詳しい表が張り出され、状況が一覧できる工夫がなされている。そんな簡単な事、といえばそれまでだが、今までこんな工夫をしていた役場はなかった。インタビューするも、結局ここも先ほどのウォノドロ村とほぼ同様の回答。新たに出てきた要望は、ランプ用のオイルという事だった。

以上、2つの村を訪問し残りはあと1つだが、結局、最後の村も状況は変わらないだろうということで、今日は引き上げることにする。

私たちは韓国から明日(6/6)ジョクジャカルタに到着する予定の支援物資500セットの支給先を選択しなければならない。プレレ地区、ウォドノ村、チャベン村、本日訪れなかったパックル村(Paker)、そして前日のクォン村。この4村から選択するべきか。それとも別の支給方法はないものか。今日の村々から要望のあった物資は、残念ながら、到着する物資には入っていないのだが、緊急支援経験が豊富なGNIによると、それらは日用消耗品で、遠からず必ず必要になる物が含まれているので、被害民からのリクエストに合わないことで不満が出ることはないということだった。彼らのリクエストは、緊急支援というより、長期支援物資に入るということだ。つまり、現地は緊急支援段階を脱して、次の第2ステージに移行しつつあるようだ。

6月7日(水)

まずは、帰国便のリコンファーム。なぜか、滞在ホテルの名前が必要だと言われる。こんなの聞いたことない。次に、GNIのスタッフではないが今回の支援の応援に駆けつけていた女性が、所属する団体から支援物資としてテントを購入するよう指示を受けて、マーケットで購入するというのでつきあった。昨日の調査で要望の多かったテントの市場価格を知るいいチャンスだ。マーケットで比べてみると店によって倍の開きがある。結局一番安かったのは4m×6mのテントが75000ルピー(約800円)。彼女はこれを60セット買った。

テント購入につきあって車に戻ると、韓国人スタッフが韓国のテレビ局KBSの電話インタビューを受けていた。韓国本部にKBSから取材依頼が入ったらしい。インタビュー終了を待って、本日の医療サービスの拠点、スンベルムリョ市(Sumbermulyo)チェポコ村(Cepoko)へ。

到着すると、午前中で50人近くの人が診療を受けていた(結局、一日計約80人診療)。聞くと、医療サービスがここには行き届いていなかったらしい。ひどい症状の患者の中には、目の周りを骨折し、内臓に損傷を受けて10日以上も排泄がない男性も。ただ、これもインドネシア人特有の明るさがそうさせるのか、診療所のすぐ前でギターをつまびく若者あり、それに聞き入っている人も何人かありで、全体を占める雰囲気に悲壮感は全くない。

ここで、さっとランチを撮ったあと、前日からの課題である支給先選択の件にかかるとする。

プレレ地区、ウォドノ村、チャベン村、パックル村、クォン村について検討した。チーフオフィサーのNGOに対する協力体制(滞在期限が迫っており物資到着から支給まで短期間でこなさなければならない)と被害状況を基準に、前回支給したクォン村の全住宅被害世帯の約330世帯に支給を決めた。残り約170世帯の選択方法をどうするか。

GNIスタッフによると、その他の村は選択を決定づける要因はない。

支給するとしたら、1つの行政単位の対象世帯すべてに行き渡るような配布にしたいのだが、 村ごとの統計を見ると、170袋で対象世帯をすべてカバーできる村はない。

いろいろ考えたが、スタッフだけでは説明責任を果たし得る選択基準が思い浮かばないため、一度、シドムリョ地区のチーフオフィサーに相談してみることにする。

チーフオフィサーに相談すると、村や地区単位ではなく、もう1つ細かい行政単位である「RT」単位で情報を見てみたらどうか、ということであった。そのRT単位で見れば、物資を行き渡らせることができる。RTごとに、支給されるべき悲惨な状況の被害民のリストを調べて持ってきてあげよう、ということだった。

結局私たちは、彼のアドバイスに従うことにした。明日は、物資をスドムリョ地区役場に搬入し、1部屋借りてパッキングすると同時に、被害民のリストを見て、対象の被害民全てに行き渡らせることのできるRTを見極め、明後日の支給に向けて、該当住民にアナウンスしてもらうのだ。

大阪からの現地派遣スタッフより前に被災地に入っていた、グッドネーバーズ・インターナショナルの支援チームの現地活動報告です。

ジャワ島地震 グッドネーバーズ・インターナショナル 現地報告

(先遣チームの派遣)

5月27日午前6時頃(現地時間)にインドネシア・ジャカルタ地域でマグニチュード6.2の大地震が発生し、これまでに6,200名が死亡、数千名の負傷者が出ました。
  地震発生により、グッドネーバーズ・インターナショナルは、5月29日(月)午後3時にジャカルタ行きの飛行機で、緊急支援の先遣チームとしてまず6名を派遣しました。
  この援助先遣チームには、医師1名、看護師1名が含まれており、被害調査及び医療活動と物資支援などの緊急支援活動を行う予定で、これに続き医療陣からなる第2次緊急支援チームを追加派遣する予定です。
  また、スマトラ島沖地震による津波の被災者のために設置したグッドネーバーズ・インドネシア支部でも、今回の地震の緊急支援活動を支援するために、スタッフ2名が被災地で合流することになっています。

(第1次緊急支援チームの活動 6月2日18:23)

ジャワ島地震の被災地においての第1次緊急支援チームの活動をお知らせします。 当団体は、29日午後3時20分にジャワ島地震の被災地に6名からなる第1次緊急支援チームを派遣し、6月1日から、最大の被害を受けたバントゥル地区バムバンリプールで支援活動を行っています。
6月1日までのジャワ島地震による死者数は6,234人に上り、被災者は50万人に上る見通しです。また、グッドネーバーズ緊急支援チームによれば、被災者は骨折と外傷などによる外科患者がほとんどで、家を失って野宿を強いられ、熱病や風邪、下痢になった患者も増えています。また、子どもや女性は、ちょっとした音にも驚いたり、不眠症に悩まされたり、トラウマにかかっており、持続的なメンタルケアも必要とされています。ほとんどの家屋や建物が損壊して跡形もなく、妊婦と子どもの死者も増え続けており、悲惨さが増している状況です。
そのため、第1次緊急支援チームは、医療チームと管理チームとに分かれ、緊急支援活動を行っており、医療チームは1日の午前、バムバンリプール保健所で医療活動を始め、午後には現地の医者と合流し、医療支援が行きと届いていない村へ直接行き、巡回診療活動を行っています。
また、生存者への食糧や水、日用品の不足のため、管理チームは必要な物品を購入・支援する予定です。不安と恐怖で怯えている被害住民たちは、現在一食分の食糧(3,000ルピア≒30円)と水(500ml、1,000ルピア≒10円)が最も必要とされており、衣類(Tシャツ、ズボン;50,000ルピア≒500円)、テントなどの物品も必要です。グッドネーバーズの韓国本部からも、昨年ポスコと共に準備した、災難に備えた緊急救援キット500セット(500万円相当)を6月5日の航空便で送る予定です。
地震で家族と生活の基盤を失ったジャワ島地震の被災者の方への、みなさまの暖かい関心と援助が必要です。ご協力お願いいたします。

(第2次緊急支援チームの活動報告 6月5日17:18)

ジャワ島地震で被害を受けたバムバンリプール(Bambanglipuro)とプレレット(Pleret)地域での第2次緊急援助隊の活動について報告します。
6月2日に出国した第2次緊急援助隊は3日、先遣隊が活動しているバムバンリプール(Bambanglipuro)地域とプレレット(Pleret)地域に到着し、支援活動を行っています。第2次緊急支援チームは、現在、第1次のチームが活動しているバムバンリプールの(Bambanglipuro)保健所で3日から医療活動を行っており、4日からは2つのチームに分かれ、カン・テウォン医師と看護師2名からなる「チーム1」が、バントゥル地域と最も被害が大きかったプレレット(Pleret)地域で巡回診療活動を行い、キム・ギョンウォン医師と看護師2名からなる「チーム2」は、保健所に設置された医療キャンプに残り、チーム1の巡回診療後、より治療が必要だと判断され、搬送されてきた患者達を診ています。患者達のほとんどが外傷の患者で、2名の患者は手術をしたとのことです。
また、グッドネーバーズは、バムバンリプール(Bambanglipuro)地域の調査を行い、現在、料理をするための台所用コンロ及び燃料、食料、水などの物資を支援しています。本日、午後からは子ども用の毛布、パウダー、粉乳、衣類などの乳児用品を105世帯へ支給する予定です。韓国の本部からも、昨年ポスコと共に準備した災害に備えた緊急救援キット500セット(500万円相当)を本日、午前10時に仁川国際空港から発送し、現地では第2次緊急支援チームがキットを被災者へ配給する予定です。
現地では、食事を作る台所用コンロと燃料、食料品が必要とされており、海外の援助団体からの支援を受けてはいるが、火山の噴火と余震の発生の危険性が依然として残っています。
グッドネーバーズは、現地のインドネシア支部と長期復興事業のための話し合いをしており、持続的な復興事業のために最善を尽くしていく考えです。

(ポスコと共同でインドネシア緊急支援キットを支援 6月8日13:31)

グッドネーバーズは、ジャワ島中部地震緊急支援事業の一環として、昨年7月ポスコと共同制作した緊急援助キット500個をインドネシア・ジョクジャカルタ地域へ支援しました。
衣類、常備薬、石鹸、手袋などの日用品からなる緊急援助キットは、昨年7月にポスコ奉仕団の後援とボランティアにより、3,000個が作成され、昨年の夏、ウルルン島の台風による被害及び10月のパキスタン地震の発生の際にそれぞれ350個と500個を支援しました。
ポスコ奉仕団のボランティア活動の支援として、6月5日に現地へ発送されたキット500個は、迅速に被災地に到着し、グッドネーバーズの現地緊急支援チームの手によって配給される予定です。 キットの配給では、説明文を現地語で書き、被災住民たちが十分に活用できるようにする予定です。

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