世界中の子ども達に笑顔を。途上国の子どもの教育支援・緊急支援を行う国際NGOグッドネーバーズ・ジャパン

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2026.02.27 活動報告

【ウクライナ危機】全面侵攻から4年、ウクライナで続く「こころの支援」<後編>

ロシアによる全面侵攻から4年が経ち、ウクライナで求められる支援の形は大きく変わっています。 

「戦争が日常の一部」となった現地では、戦争で負った心の傷に寄り添い、生きる力を取り戻すための「心のケア(心理社会的支援/Psychosocial Support 、以下PSS)」が必要とされています。 

本記事の前編では、グッドネーバーズ・ジャパン(GNJP)でウクライナ事業を担当している駐在員・大塚と事業担当・太田へのインタビューをお届けしました。 

医師・PSS専門家の桑山紀彦先生よりご寄稿 

後編となる今回は、心療内科医・精神科医であり、認定NPO法人「地球のステージ」の代表でもある桑山先生が、PSSについてご寄稿くださいました。 
桑山先生には、GNJPがウクライナや能登半島でPSS事業を実施する際に、スタッフへの専門的な指導・研修、子ども向けPSSプログラムの監修を行っていただいております。

PSS事業成果発表会(2024年、桑山先生は上段左から6人目)

ウクライナで懸念される二重のトラウマ 

ウクライナの現場では、日常的なドローンやミサイルによる攻撃がもたらす「死ぬかもしれない」という恐怖が、まず一つ目のトラウマです。それに加えて、インフラ攻撃による停電、物資の欠乏、寒さといった生活の不安定さからくる「生きていけないかもしれない」という恐怖が、二つ目のトラウマとして重くのしかかっています。 

この状況に対しては、早い段階からのこころのケアが不可欠です。
まずは「安心・安全・信頼」を取り戻すためのPFA( Psychological First Aid /心理的応急処置)、そして状況が少し落ち着いてからPSSワークショップへと移行します。
これらをまとめてMHPSS( Mental Health and Psychosocial Support /メンタルヘルス・心理社会的支援)と呼びますが、被害の早期段階からその必要性は高い状況です。 

加えて、今後もし停戦・終戦となれば、万単位の帰還兵が故郷に戻ってきます。その方々へのトラウマ・ケアは必須かつ喫緊の課題となります。 
どれだけモノを運び込んでも、どれだけ機会を提供しても、心が復活していなければ人は動けないという事実があります。回復の基礎となる「心の元気」のために、MHPSSは同時多発的かつ長期的に実施されるべきものです。 

PTSDと複雑性PTSD——戦争の長期化がもたらすもの

戦争がもたらす影響で最も配慮したいのはPTSD( Post Traumatic Stress Disorder /心的外傷後ストレス障害)です。

侵入(フラッシュバックや悪夢等)・回避(心的外傷を思い出させるモノ・コトを避ける )・過覚醒(神経が過敏になり感情が高ぶったり眠れなくなったりする)という従来の三大症状に加え、近年は「認知や気分の陰性変化」——深い落ち込みや不安が改善しない状態——も注目されています。
PTSDは放置すればどんどん心をむしばんでいく疾患であるため、まず「予防」を目指していきます。

また、紛争が長期化すると、初期の「戦闘」中心のトラウマに加え、「生活の困難さ」が新たなトラウマとして重なるようになります。
単回の曝露(一時的な恐怖体験)ではなく、長期にわたる複数回のトラウマ曝露が続くと、複雑性PTSD(cPTSD)という症状に発展することがあります。PSSのアプローチは両者に大きな違いはありませんが、複雑性PTSDはケアがより困難になる状態であり、比較的早期に医療機関への紹介が必要になります。

戦争によるこころの傷はどう向き合えばいいのか—— PSSワークショップ

トラウマに向き合う上で大切なことは、「無理せず、ゆっくりと、その人らしく」です。 

人は往々にして「なかったことにしよう」「時間に任せればいい」と考えがちです。 
時と共に軽くなる「痛い思い出」はそれでよいのですが、トラウマは別物です。時が経てば経つほど悪化し、PTSDへと進行していきます。 

だからこそ、PSSワークショップでは非言語的アプローチを重視します。 
写真言語法、描画、粘土細工、「はりがねの人生」ジオラマ、音楽、映画——こうしたコンテンツを用いて、言葉を介さない表現から始めます。 焦らず、最終的に言語化を促していくという手法です。 

支援事業の中でコースとして取り組んでいく際には、前半は個人制作として「自分らしいトラウマの物語を作る」ことに集中し、後半は集団制作へと移行しながら、互いの物語を受け止め、シェアし合います。 

コースは3か月・6か月・1年の三段階で展開しますが、長い時間をかけるほど、苦しさを抑えながら丁寧に向き合えます。 現場では日々状況が変わったり様々な制約があったりして、1年コースの実施は難しいことも多いですが、本来はそのくらい丁寧に関わるべきだと考えています。 

ファシリテーター研修で参加者が作成

「ウクライナに住むすべての人がPSSの対象者」——10年、20年の視座で

ウクライナに住むすべての人がPSSの対象者です。 
アメリカの精神科医であり、精神医学分野の研究者であるジュディス・L・ハーマンの理論に基づけば、「死ぬかと思った」「生きていけないかもしれないと思った」という体験があるだけで、すでにケアの対象者となります。 
心理テストで「重症者」を選別するのではなく、トラウマを受けたと思われる人を広く包摂する——これがPSSの基本的な考え方です。 

これからファシリテーターなどの人材を育成しながら、医療従事者に対しても情報提供やトレーニングを行い、トラウマ・ケアが同時多発的にウクライナ国内で展開されていく。
そしてMHPSSが当たり前に行われて、誰もが気軽にそのケアモデルに触れることができる環境をどう作っていくかが大切です。その意味においては10年・20年単位の活動が求められます。 

こころのケアに必要なもの——「愛」と「想像力」 

PSSに必要な人材を育成する研修で最も大切にしていることは「愛」と「想像力」の二つです。
「愛」とは「相手を支えたい、その人のためになりたい」という思いやりです。
「想像力」とは「自分が経験していない相手の状況をどれだけイメージできるか」ということです。

私たちはウクライナの人々 と同じ経験はしていません。だから正直に言えば、どれほど大変なのかは知り得ないところもあります。
ではそこでもう無理なのかというと決してそうではなく、想像力の翼を広げ、心の中にある今までの「経験」という引き出しをいっぱい開け、その人の経験をイメージすることができるはずです。
そしてもし分からないことや想像に限界を感じた時は、素直に本人に聞くといいのです。
すると相手はゆっくりと、でもしっかりとあなたにその経験を伝えてくるでしょう。この過程が大切です。

なぜなら同じ経験をしていない私たちだからこそ、「教えて」と聞くことができるし、「この人は自分と同じ経験をしてはいない」と相手も思うから「教えてくれる」のです。
外から(日本から)来た私たちだからこそできることがここにあります。

PTSDに至る前の心のケアは専門家だけのものではない—愛と想像力があれば誰でも心のケアができる

GNJPはその先見性と実効力をもって、PSSを活動の中心に据えてきました。 
今後も「心の復活が何よりも大切」という視座を持ち続けながら、活動を継続していただきたいと思います。

そしてその現場においては、精神科医や心理士のような専門家だけではなく、ファシリテーターという人々を「愛」と「想像力」を持って育てていけば、誰にでも心のケアはできるのだという事実も忘れずにいてください 。   

心は目に見えませんが、誰もが持っている身近な存在です。そしてその心には「自然に良くなる力」が本来備わっているはずで、そのレジリエンス(回復力)を引き出すことは人間の本能に基づいています。
私が精神科医であること以上に、一人の人間として経験してきたことが一番役に立っていると実感しています。 

ぜひこれからも、このPSSというアプローチを身近なものと感じ、多くの人が学んで現場で活かせるような指向を持って欲しいと願っています。 

桑山紀彦 
精神科医・心療内科医・医学博士 
海老名こころのクリニック 院長 
日本心理社会的支援センター 所長 
認定NPO法人「地球のステージ」代表理事 

おわりに

このたびは、桑山紀彦先生に貴重なご寄稿をいただきました。 

先生は認定NPO法人「地球のステージ」の代表として、世界各地の紛争・災害の現場で、長年にわたりMHPSSの実践と人材育成に取り組んでこられました。 
本稿では、現場の最前線で積み重ねてきた知見、そして人への温かい期待と深い信頼をつづっていただき、桑山先生のお人柄そのものを感じられました。 

「愛と想像力があれば、誰にでも心のケアはできる」 
 
この言葉は、専門家だけではなく、支援に携わるすべての人への力強いメッセージです。 
桑山先生、誠にありがとうございました。 

先生が本稿で言及された通り、心のケアは10年・20年という長い時間軸での関わりが必要とされます。 たとえ現地の状況が報道されなくなったとしても 、人々の心の回復には時間がかかります。 

私たちはこれからもウクライナの人々に寄り添い、活動を続けてまいります。
皆さまにも継続的なご関心とご支援をお寄せいただけますと幸いです。 

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